さあ今日は、J1第30節の対川崎戦@U等々力。
邪緑との聖戦に比べ、正直、モチベも熱量も下がるのは否めません。
何故なら、多摩川クラシコは、川崎が創り出した人造ダービーであり、
東京にとって、あってもなくても、どっちでも良いマッチだからです。
でも同じ時代にJ2で競い合い、ともにJ1に上がったクラブ同士、
本拠も多摩川を挟んで近く、良いライバルであることは確かなことです。
聖戦が終わったのに、ここでまた、邪緑が川崎に後ろ足で砂掛けて、
東京に割り込んできた、邪緑の歴史的悪行が影響してくるのです。
マスコミの注目を集めていたドル箱マッチ、正統性ある川崎ダービーが、
急に無くなってしまった川崎にとっては、痛い話だったと思います。
隣では、邪緑のせいで、降って湧いた東京ダービーで盛り上がっていて、
川崎にとっては垂涎の的だったことでしょう。
また、歴史的には、公害問題と、過去の真実だからあけすけに言いますが、
某隣国臭の強い地域の存在からも、悪いイメージのあった川崎。
どうしても、同じ神奈川にあって、隣の絶対的陽キャの横浜のせいで、
より一層陰キャのイメージが濃くなってしまったのが川崎なのです。
川崎としては、地道にイメージアップに努める必要がある背景にあって、
多摩川クラシコという思い着きは、諸手を挙げて喜ばれたことでしょう。
ただ、邪緑を非難する良識を持ち合わせている真っ当なクラブであれば、
邪緑が抜けてすぐに、多摩川クラシコと言い出すことはできません。
しかし、邪緑は、天誅を受けたかのようにJ2沼に落ちていったのです。
川崎としては、これは、天の思し召しだと思ったことでしょう。
奇しくも、邪緑の勝手な振る舞いで、結果的にはどちらも、
ダービーマッチを無くした2クラブが、多摩川を挟んで面していたのです。
ダービーがないなら、クラシコにしちゃおうよ。
川崎の誘いに、聖戦を失った東京も、抗う理由はありませんでした。
こうして始まったのが、多摩川クラシコ誕生の裏事情です。
当時に比べれば、リーグ戦タイトルを何度も取るようになった川崎には、
多摩川クラシコの必要性は薄まったように思います。
しかしながら、今でも、どちらかと言えば、いまだ盛り上がっているのは、
川崎サイドのような感じがします。
川崎が、大切にしてくれているのが、とても伝わってきます。
ので、これに水を差す気は毛頭ありません。
実際、歴史も重ねてきた結果、多摩川クラシコというマッチも、
なかなかのブランド力に育ってきた気がします。
今となっては、これを自ら手放す理由も、メリットもありませんので、
多摩川クラシコというブランドマッチは、大事にしていきたいと思ってます。
でも、やっぱり、聖戦直後は避けたいのというのが本音なのです。