東京に本格的な台風が襲来し、シャッターを鳴らす大風の音に、
久し振りに不安な一夜を過ごすこととなった。
ただ、子供の頃、TVドラマ「岸辺のアルバム」を観ていたので、
渋谷から居を移すとき、多摩川べりだけは避けたおかげで、
心配だったのは、アンテナぐらいのものだった。
台風は、子供の頃の渋谷の方が、ずっと不安だった。
丁度、東京の新スタジアム建設予定地と噂されている、
代々木公園は織田フィールドの真ん前が自宅だった。
目の前は、渋谷の西武の間を抜けてくる井の頭通りで、
裏の小川は暗渠で遊歩道化され、見える川はなかった。
でも、台風が来ると、織田フィールドに降った雨水が、
全て集まって川となって目の前の坂道を下ってきたものだ。
すると、たちまち井の頭通りが、大人の膝上まで冠水し、
床上浸水の脅威となって、わが家に押し寄せてくるのだ!
すると、すぐ先の代々木深町交番のお巡りさんが駆け付け、
冠水した道路の脇の側溝の蓋を開けて回ってくれて、
床上浸水はギリギリのところで回避されたものだった。
たぶん、今なら、警察の仕事じゃないと放っておかれた。
という気がするが、当時のお巡りさんは偉かったと思う。
そこには、即物的な見返りなど全く眼中になどない、
真の社会貢献に捧げる崇高な職業意識が生きていたと思う。
夜でも厭わず、交代勤務の不運も一切漏らさずに、
膝まで水に浸かりながら黙々と働く姿を見ていたので、
子供心に、お巡りさんは偉いんだなと素直に尊敬したものだ。
そんな彼らの作業を見守りながら、わが家でも、自然と、
彼らの献身的な働きに幾らかでも報いたいとの思いから、
温かいお茶やコーヒー、握り飯などの差し入れをしたものだ。
それがリアルな昭和の渋谷だった。
そんなことを思い出した台風の夜だった。